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あべちゃんの日記

いつもとチョッと違う出来事を記録して、友人、家族に伝えます。

2014年11月3日以来10年ぶりに蒸気機関車が走る

2014年11月3日以来10年ぶりに蒸気機関車が走る

JR東日本の臨時列車「SL/ELレトロぐんま桐生」が24日、両毛線の高崎―桐生間で運行された。蒸気機関車(SL)が同区間を走るのは、2014年11月3日以来10年ぶり。
 全席指定の臨時列車は「西の西陣、東の桐生」で知られる桐生市や「銘仙」の伊勢崎市など織物にゆかりのある沿線を盛り上げるため、同社高崎支社が企画。SL「C61形20号機」と電気機関車(EL)が旧型客車4両をはさむ形で走り、午前9時47分に高崎駅を出発、定刻通りの同11時55分、桐生駅に到着した。

https://youtu.be/Te4MupBbQN4

2014年11月3日に撮影したものである。

DSC_1037.jpg
桐生駅から岩宿駅に向かうところである。
桐生市の名所:相生の松を通過する蒸気機関車である。
初めてのSL写真である。
  1. 2024/03/31(日) 21:27:50|
  2. 桐生市
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多賀城創建1300年記念


仙台三高60年の歴史の中で唯一といえる芸能人千葉雄大さんが多賀城創建千三百年祭特別遣使に任命されました。

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多賀城創建1300年記念

千葉雄大さんを多賀城創建千三百年祭特別遣使に任命 宮城県多賀城市、「多賀城創建千三百年祭」を開幕

多賀城創建1300年記念事業実行委員会(会長 多賀城市長 深谷晃祐)は、本日令和6年2月7日から令和7年3月まで、宮城県多賀城市出身で俳優の千葉雄大さんを「多賀城創建千三百年祭特別遣使(たがじょうそうけんせんさんびゃくねんさいとくべつけんし)」に任命し、「多賀城創建千三百年祭(たがじょうそうけんせんさんびゃくねんさい)」の開幕を発表しました。

724年に創建され、陸奥国府が置かれるなど、奈良・平安時代に東北の政治・文化の中心だった宮城県の「多賀城」は、2024年で創建1300年を迎えました。これを記念する事業として、国特別史跡「多賀城跡附寺跡(たがじょうあとつけたりてらあと)」の正面の入り口とされている「多賀城南門」の復元工事や、創作オペラ上演、記念式典など数多くの文化事業が予定されています。多賀城創建1300年記念事業実行委員会はこの度、令和元年8月31日より多賀城市の悠久浪漫大使を務めており、同市の魅力を市内外へ発信している千葉雄大さんを、東北における時代の節目ともなる多賀城創建1300年を全国へ発信する多賀城創建千三百年祭特別遣使に任命します。任期は令和6年2月7日より令和7年3月31日までとなります。

多賀城創建1300年記念事業とは​
多賀城市の名前は、神亀元年、西暦724年に創建し、陸奥国府が置かれるなど、古代東北の政治・文化の中心として繁栄した「多賀城」に由来しています。
その多賀城の名は、「賀(よろこ)び多き城」と読むことができるように、東北の安寧を願ってつくられた城と言われており、宮城県の県名の由来の一つと言われています。

「宮城のはじまり、東北のはじまり」ともいえるこの「多賀城」が、2024年(令和6年)に創建1300年という記念すべき年を迎えます。

多賀城の創建以来の歩みを振り返り、先人たちの弛まぬ努力により、現在の東北があることに思いを寄せ、多賀城創建1300年を共に祝い、その喜びと感動を皆で共有することで、その場、その時でしか体験できない価値を、心豊かな暮らしを創造する種として未来へ育みます。

過去に学び、今を見つめ、未来を創造する。
「つなぐ、つなげる。1300年。」

この基本理念のもと、東北の発展の礎となる多種多様な文化プログラムを展開し、宮城、東北の唯一無二の価値の創造と地域活力の一層の向上を目指してまいります。

多賀城

過去のブログで紹介したもの

1.多賀城碑(壷の碑)を見た             http://abe6014.blog.fc2.com/blog-entry-1625.html

2.多賀城廃寺跡                    http://abe6014.blog.fc2.com/blog-entry-1631.html

3.多賀城跡を歩いて見た              http://abe6014.blog.fc2.com/blog-entry-1632.html

4.多賀城遺跡2                    http://abe6014.blog.fc2.com/blog-entry-1633.html
  1. 2024/02/08(木) 14:45:18|
  2. 歴史
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仙台三高 創立60周年おめでとうございます

わが母校、仙台三高が創立60周年を迎えました。

九月十五日の河北新報で詳しく報道されました。
pyq@exyb4 仙台三校02タイトルなし

仙台三校04

創立四年目で入学した当時の校舎である。


a仙台三校03

創立五十年にして校舎が全面的に建て替えられた。
運動場のあったところに建てられた。
平成21年_1月 新校舎(4階建RC造延11,881.26m2),新屋内運動場(RC造一部S造延2,397.69m2)完成


pyq@exyb4 05footer

仙台三校

仙台三高07


校章は、太平洋の「波」と三匹の「蛍」のシンボル化を組み合わせたものである。
 「波」は青年の持つ洋々たる未来と無限の可能性を象徴したもので、「心」字に図案化されている。三匹の「蛍」は三年間の高校生活と、それにおける蛍雪の功(勉学の努力)を表している。真・善・美の理想を求めて励み、愛と知との豊かな実りを得ることを願って作られたもので、これは初代校長小針壽一先生の案によって、吉見庄助先生が制作したものである。

太平洋の「波」と三匹の「蛍」のシンボル化を組み合わせたものである。「波」は青年の持つ洋々たる未来と無限の可能性を象徴したもので、「心」字に図案化されている。三匹の「蛍」は三年間の高校生活と、それにおける蛍雪の功(勉学の努力)を表している。

小生は弓道部に所属していた。
当時は同級生は10名であった。

昭和44年_8月 弓道部インターハイ全国優勝
当時を振り返ると三年生の時、一年生だった部員たちが、全国制覇を達成した。


半世紀以上前の出来事である。
  1. 2023/09/19(火) 16:35:25|
  2. 仙台
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歴史散策 米沢の旅 その3   高畠町史跡散策2

歴史散策 米沢の旅 その3   高畠町史跡散策2

うきたむ風土記の丘資料館

山形県高畠町にある「山形県立うきたむ風土記の丘考古資料館」は、山形県内から出土した原始・古代・中世の出土品を展示するとともに、体験や各種講座を通じて昔の人の暮らしぶりを学習できます。1 うきたむ風土記の丘考古資料館は、山形県内にある風土記の丘の一つであり、その地域の歴史や文化を学ぶことができます。

常設展示は、
* 置賜の遺跡
* 大谷地を囲む遺跡
* 縄文時代のタイムカプセル
* 古墳を造る人々
などのコーナーに分かれている。


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竪穴式住居にすむ縄文人親子の生活がジオラマによって再現されるほか、国重要文化財である5000年前の押出遺跡出土の「彩文土器」は圧巻である。随時企画展、特別展、研究会、土器造りなども開催される。

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彩漆土器
土器の表面に赤漆を塗りその上に黒漆で渦巻きの模様が描かれています。土の中から出てきた直後はとても鮮やかな朱色をしていましたが空気に触れたことですぐに変色してしまいました。お祭りの際に用いるような特別な意味をもった土器なのでしょう。縄文時代前期の押出村に住んでいた人が漆を扱う優れた技術を持っていたことをうかがわせます。



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お花山古墳群の円墳の木棺から出土したねじ文鏡、乳文鏡の銅鏡メノウ製勾玉やガラス製小玉など5世紀後半から6世紀初めの副葬品を展示している。

古墳

7~8世紀の古墳が多くある地域である。
内部は横穴式石室という構造の円墳である。
大和朝廷の中央集権が地方まで浸透してくる時期である。
古墳時代が遅くまで残っている地域であったようだ。


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発掘した古墳の内部の状況写真。

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古墳の入り口です。

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古墳内部の突き当り上部。

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  1. 2023/06/22(木) 17:14:52|
  2. 歴史
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歴史散策 米沢の旅 その3   高畠町史跡散策1

歴史散策 米沢の旅 その3   高畠町史跡散策1

亀岡文殊

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参道入口には仁王門があり、両脇には金剛力士像がある。参道途中には、十六羅漢像、芭蕉句碑、『南無阿弥陀仏』と刻された義民高梨利右エ門の念仏碑があり、薬師如来をまつる払川薬師堂のほか、文殊堂背面には大日如来、普賢菩薩、虚空蔵菩薩がまつられ、また一山の守護神、蔵王権現が鎮座している。


亀岡文殊は、丹後(京都)の切戸の文殊、大和(奈良)の安倍の文殊とともに、日本三文殊の一つとして有名である。
大同2年(807年)に、東北地方布教のため、当地を訪れた徳一上人が、五台山に似た山容に心うたれ堂宇を建立したのが文殊堂の始めといわれている。
別当、大聖寺は真言宗に属し、皇室の勅願所として、国家安穏の祈祷を命ぜられ、また、徳川5代将軍綱吉以来家茂まで十代の間、ご朱印百石を賜り、中納言挌の待遇を受けた天下の名刹となっている。

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数々の石仏が参道に並んでいた。

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境内には、老杉の大木が繁り、歴史の重みと厳かな雰囲気が漂う。

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お寺が開場する前に到着したので、お寺の管理する人が何人か、初めに入っていった。

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文殊堂は文殊菩薩、すなわち釈遵の左にいて知恵を司る菩薩をまつり、中国では五台山がその浄土とされ、昔から、『三人よれば文殊の知恵』といわれるように、学問の神様として知られている。入学、入社試験等の合格祈願に訪れる人があとを絶たない。

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大聖寺本坊には、大日如来を本尊としてまつり、ほかに桧の寄木造漆箔像の木造聖観世音菩薩立像(県指定)と阿弥陀、薬師像の2体がある。
いずれも鎌倉時代の作とみられている。文殊尊に参詣し傍らの大黒天の前に行き両手で尊像を抱き、「軽く哉なり給え」と念ずれば、次第に軽くなり、「重くなり給え」と念ずれば重くなり、また、念願達成のときには軽く持ち上げられるという。

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社務所で御朱印等販売している。
  1. 2023/06/22(木) 10:12:45|
  2. 歴史
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